NGO SESCO 論考 NO.38号 『国際移動時代のマレーシア留学 ― 留学生の教育から職業・移民への移行 ―』

NGO SESCO 論考 NO.38号 『国際移動時代のマレーシア留学
 ― 留学生の教育から職業・移民への移行 ―』

 2~3カ月に一度、大阪大学大学院人間科学研究科の澤村信英教授を訪ねて最新情報を伺うと共に雑談を楽しんでいる。「アフリカ人留学生がフィリピンの大学には多く見かける」と訪比を話題にしたら、先生の教え子金子聖子さんが、2023年1月に『国際移動時代マレーシア留学』を出版されたと教えられた。早速読んで見た。その前に私がマレーシアの教育視察に参加したのは2012年12月、マレーシア観光協会の企画、大学教職員13名、旅行会社2名、記者1名、マレーシア観光局2名の計20名のデレゲーションである。訪問先は高等教育局(MOHE)はじめAsia Pacific University、 UCSI、 Professional Academy、 University Putra Malaysiaなどであった。マレーシアの政治は落ち着き経済危機も脱して物価も安定、国家予算は教育に重点的に配分され世界から人材(留学生)を集める熱意を感じさせた。各大学の語学プログラムが豊富に準備されていたのも印象に残っている。

さて、本書を目次に沿ってみて行こう。


序章 なぜ新興国マレーシアで学ぶ留学生に着目するか 研究の背景と目的は、国境を超える高等教育を主体的に推進する戦略的なアクターとしてマレーシアの高等教育機関をとらえつつ、組織レベルと個人レベルに着目して、マレーシアにおける留学生の教育から職業・移民への移行動態を明らかにしていく。「世界各地の高等教育機関における留学生数は2000年の210万人から、2017年には530万人に達した。留学生の大半は、欧米を中心とした先進諸国で学んでいる。2017年において留学生を最も受け入れているのはアメリカであり、世界の留学生の20%近く受け入れている。続いてイギリス8.2%オーストラリア7.2%、ドイツ、フランスと続き上位5ヵ国で全留学生の4割以上を受け入れている。」近年留学先は多様化しており、欧米諸国の受け入れは減少し中国、韓国、マレーシア、シンガポール等アジア諸国が伸ばしている。

 また、アラブ諸国の学生がかつて西ヨーロッパを選ぶ者が多かったがオーストラリア、マレーシアを選択する人数が増えて来た。「多くの留学生が留学先での就職・永住を目指す背景として、留学生を伝統的に受け入れてきた先進諸国が人口減社会に突入し、人材不足から留学生を高度人材として取り込もうとしていることがある。」但し「マレーシアは教育ハブ開発によって高度人材を呼び込み定着させるよりも、高等教育セクターの開発によって、留学生を集めて収入を創出し、海外からの教育プログラムを輸入して質の向上を図り、教育アクセスを充実させることを主眼としてきた。大学新卒者の失業率の高さもあり、高度人材の海外からの呼び込みには消極的であった。」この点にマレーシアの特徴が見られる。が、一方頭脳環境やトランスナショナル移民、新興国マレーシアで学ぶ留学生の移民への移行過程は注目されてよい。

1章 マレーシアの高等教育と留学生受け入れ マレーシアはマレー系、中華系、インド系、その他の少数民族からなる多民族国家である。1957年独立後、国民統合と経済発展を国家課題として、人材育成に重点をおいて国家開発が進められた。「2020年において、マレーシアには国立大学20校、私立大学55校、私立ユニバーシティカレッジ27校、私立カレッジ212校。近年では知識基盤型社会を目指し、サービス産業、ハイテク産業を発展させ、(中略)人材育成を目指している。」高等教育国際化の抱える課題としては、留学形態の多様化による社会構造の変容、国民教育政策との矛盾、高等教育における民族による分断、高等教育の質の保障が挙げられている。


2章 調査概要と手法 調査地(クアラルンプール)、調査参加者(マレーシア国民大学・ヘルプ大学など)、ライフストーリー・インタビュー、調査参加大学の多様性に言及。


3章 高等教育機関の留学生受け入れ戦略 
マレーシアの高等教育機関を、単に先進国のプログラムを受け入れるという受動的な存在でなく、主体的・戦略的に動くアクターとしてとらえ直している。国境を超える教育の分析枠組み、調査参加者(同)、留学生受け入れ戦略、留学生受け入れを通じた途上国間のパートナーシップ構築を詳述。


4章 留学生の就職を支える人々 ― 大学による支援 ― 
留学を考えている世界各地の人材は、移住先も視野に入れながら留学先の国を選んでいる。マレーシアの事例としてトランスナショナル教育への着目、留学生の追跡調査、留学生の職業への移行に対する支援、追跡調査と大学教職員の視点から見た留学生の進路を調べた。


5章 マレーシアで留学生はいかに職業へ移行するか ― 現役留学生の語り ― 
ここでは、現役留学生の語りに着目して、留学動機、留学経験、および職業への移行を明らかにしている。留学生の教育から職業への移行、調査参加者(バングラデシュ、イラン、日本など)留学先選択から卒業後に進む道まで、教育から職業への移行の類型化を知る。


6章 新興国で学んだ留学生はいかに移民になるか ― 元留学生の語り 
マレーシアの高等教育機関で学んだ留学生が、マレーシアおよび第三国で移民となる過程に焦点を当てて留学の経緯、留学中の経験、職業への移行、職業移行後の移民としての経験が述べられる。マレーシアにおける高度外国人人材の概況、調査参加者(バングラデシュ、パキスタン、インドなど)マレーシア留学終了後の軌跡、新興国マレーシアが生み出すトランスナショナル移民へと続く。


7章 先進国から新興国へー日本人の学位取得を目的としたマレーシア留学 
本章では、先進国で最も留学生をマレーシアに送り出している日本人のマレーシア留学の特徴と学位取得留学という新たな潮流を取り上げている。先進国から新興国への留学移動、調査参加者(レイコ、タカシ、ショウ)日本人のマレーシア留学経験、欧米への従属の先にあるものとして「アジア軸」の魅力にも注視しては如何か。


終章 新たな時代の国際留学生移動
組織レベルでの国境を超える高等教育の推進と留学生獲得では、コストが安いことが主要なプル要因であり、英語で勉強・研究を進められる利点から、欧米に渡る点ばかり着目されてきた。が、マレーシアの教育内容や質の再評価されている。また、イスラム教が国教であることを競合国のシンガポールやタイとの差別化を図る要素として積極的に打ち出している。個人レベルでの職業・移民への移行動態、「周辺」と見なされた国の躍進、残された課題と展望に調査対象の元留学生のほとんどが国立研究大学もしくは国営企業傘下のトップ私立大学で研究結果の偏りがある。研究対象者の拡大も求められ、いずれにしろ今後も元留学生を長期的に追跡していく必要があろう。長期探求。

 2023.7.10
NGO SESCO 副理事長 深尾幸市

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