NGO SESCO 論考 NO,48号「画家の自画像」
「自画像」とは、自分で描いた自分の肖像画。愛読している日本経済新聞の最終頁文化欄は、結構充実していて面白い。今回は美術評論家 布施英利 十選10回(2024.3.4~ 3.19)の連載「画家の自画像」について振り返ってみたい。1 レオナルド・ダ・ヴィンチ「自画像」 2 レンブラント「自画像」 3 クールベ「出会い(こんにちは、クールベさん)」 4 モネ「自画像」 5 ゴッホ「包帯をしてパイプを咥えた自画像」 6 セザンヌ「オリーブ色の壁紙の自画像」 7 アンリ・ルソー「私自身、肖像=風景」 8 ピカソ「自画像」 9 フリーダ・カーロ「折れた背骨」 10 藤田嗣治「自画像」。
このシリーズから3人を取り上げると先ずレンブラント。「オランダの画家レンブラントは、若い頃から晩年まで百点近くの自画像を描いた。血気盛んな気概に満ちた若者の姿から、老いて鏡を見つめる顔まで、一人の男の人生の変遷をその自画像群を通して見ることができる。レンブラントは、多くの注文絵画を描き、富にも恵まれた。しかしお金持ちや社会的に身分の高い偉そうなクライアントを相手にお追従をしてストレスも溜ったことだろう。」批評家がマウリッツハイス美術館で見た自画像は「力の抜けた老人の姿が描かれていた。まるで夜中にトイレに起きて、ふと鏡を見たらそこに自分が映っていたという感じをそのまま描いたような気取りや飾りのない、あるがままの、裸の心をもった男の姿だ。」一生を通じると栄枯盛衰がある。
2人目に恥ずかしながら初めて知ったのがフリーダ・カーロである。「壮絶な姿の自画像である。肌には釘が刺さり、コルセットで固定された体は裂けている。しかも背骨は古代ギリシャのイオニア式の古い柱に置き換えられている。磔刑のキリスト像にも匹敵するすさまじさだ。」「中米メキシコ絵画の土着的な力強さと、20世紀芸術のシュルレアリスムなどの要素が混在し、現代を生きる女性の骨太な姿を圧巻のイメージで描き切った。」これほど鮮烈に凄惨なまでの自分の姿を見つめた自画像を知らない。
3人目は、これに比べて長年親しんできた藤田嗣治は心安らかに眺められる。「藤田の絵画は、細い輪郭線で裸婦を描き、それがエコール・ド・パリの画家としてもてはやされた。手先が器用な日本人にしか描けない細い線、そして『乳白色の肌』が藤田の絵のトレードマークとなった。そんな画家としての肖像画が、絵の中の背景にも描かれている。また藤田は『猫の画家』でもあった。」筆者の玄関に掛けてある秘蔵、藤田嗣治の「自画像」を記録しておく。
さて、この機会に『フリーダ・カーロ―悲劇と情熱に生きた芸術家の生涯』筑摩書房編集部著を読んだので追記しておこう。目次は次の通り。
序章 生きづらさ抱えた人々に愛される「現代のイコン」
第一章 わたしはどこから来たの?
第二章 事故
第三章 象と鳩の結婚
第四章 ちょっとした刺し傷
第五章 離婚そして再婚
第六章 希望の樹、堅固なれ
少し長くなるが冒頭は、「メキシコが生んだ20世紀を代表する画家のひとり、フリーダ・カーロの名を知らなくとも、『一直線につながって見える太い眉と、心を射すくめられるような黒い瞳』を持つ美しくエキゾチックな女性の肖像画に見覚えのある人がいるかもしれません。わずか四十七年の短い生涯は、子ども時代の小児まひに加え、高校時代に事故で九死に一生を得る大けがをおったことから、亡くなるまで三十回以上に及ぶ手術を繰り返すという、痛みと苦しみの絶えないものでした。さらに、女性遍歴のやまない夫、ディエゴ・リベラとの関係に翻弄され続けた一生でもありました。そのことへの本人の気持ちは『わたしは生涯で二度の事故にあった、交通事故とディエゴだ』というひと言に集約されるでしょう。輝くばかりの美貌、才能、知性に恵まれながら、『苦痛』を人生の一部として生きぬいた生涯から生まれた約二百点の絵画は、没後六十年を超えた今、ますます多くの人の心を魅了し、その評価は年々高まるばかりです。」
文中印象深い個所は何カ所もあるが、例えば子ども時代の偏見、差別に会い、小児まひに「びっこ」のフリーダと言われた。事故では「右足に十一カ所の骨折、鎖骨と肋骨が二本、恥骨が骨折。手すりの鉄の棒が左臀部から子宮を串刺しにしたことで生殖機能への深刻な影響、腹膜炎と膀胱炎については長期にわたる療養の必要性が指摘された。」
読み進む内に不条理な運命に翻弄されながらも、イサム・ノグチとのロマンス、革命家レオン・トロッキーとの恋愛。パリでのピカソとの交流。「心身の傷を振り払うように熱心に描き続け、代表作『ふたりのフリーダ』『猿と一緒の自画像』『峰鳥のとまった、いばらの首飾りをした自画像』などを完成させた。若き時代には、哲学、思想、歴史、文学,詩・・に加え哲学者ヘーゲル、経済学者エンゲルスについて学び、小説家デユマ、ユーゴー、ドストエフスキーを友達のように語り合ったとも。「現代は無痛の時代だ」と言われるがフリーダ・カーロから「激痛」を学ぶのも必要かと思われる。興味関心のある方は本書を是非ご覧ください。不撓不屈。
2024.5.10
NGO SESCO 副理事長 深尾幸市