NGO SESCO 論考 NO.19号 リービ英雄を読む― 『天路』と『仮の水』と ―
NGO SESCO 論考 NO.19号 リービ英雄を読む
― 『天路』と『仮の水』と ―
新型コロナウイルス禍(下)、久しく外出していなかったが去る9月末に國民會舘にて楊逸の「理解者という愚かもの」と題する講演を聞きに出掛けた。日本語以外を母国語とする外国人が芥川賞を受賞した最初の外国人(現在は日本国籍)である。139回(2008年)『時の滲む朝』のこの受賞には少々驚いた。今年2021年165回芥川賞では、二人目の誕生、李琴峯(台湾人)が『彼岸花が咲く島』で受賞したがもう驚かない。筆者(深尾)は日本で活躍する外国人作家の一人、リービ英雄に注目してきた。今回『天路』で第74回 野間文芸賞を受賞した。国や言葉の境界で小説を紡いできた作家が、外交官の父と共に台湾、香港などに移り住み、16歳からは日本に住む。プリンストン大学、スタンフォード大学で東洋学・日本文学を学び、法政大学の教授を務めた日本文学作家リービ英雄を今回は取り上げる。
天路
「天路」は、10年ほど前から続けてきたチベット高原への旅を下敷きとした短編の4作。「高原の青い鳥」(友人の車・ブルーバード)、「西の蔵の声」(西の蔵すなわちチベット人の話し声)、「文字の高原」、「A child is born」である。越境文学の雄。
主人公の<かれ>は米国から日本に移り住んだ作家で、故国に残した母の死の記憶を抱えて、高原への旅を重ねる。「生者が死者をおんぶして、天葬の場所へとこの山を登るのだ。おぼろげな記憶の中から、死者がたどる天路という古い日本語が頭に浮かんだ。昔かれはthe path to heaven と翻訳したこともあった。草の中のこの細いのぼり道も天路なのだろうか。」「天路」は、高原の道を示すと同時に天国への路を示している。
一方著者は蔵文(チベット語)との出会いが、日本語や英語での思考を相対化させ「言葉には固有の歴史と、それに基づく世界の見え方が詰まっている」と発言している。ちなみに現在只今に密着した台湾、アメリカ、日本、中国のそれぞれに関わっている作者の経歴は国際社会の縮図とも言えそうだ。但し政治的な意味合いはないけれど。
仮の水
腰巻の裏にある。「<かれ>は、都市の表層を離れ、中国の奥へ、奥へと向かう――。中国のいちばん深部に、<かれ>は「現代」を見つけたのだ。物質的な世界にさらされた魂の漂白、それこそが「現代」であり、新しいと。変貌する中国、その深淵にあるアジアの姿、<かれ>は目と耳、そして自身に流れる血をとおして感じる。」本文から「法衣のような黒い衣につい安心し、かれはためらいなく自分がアメリカ国籍であるといって、今は日本に定住していることも、打ち明けるように言葉を紡いだ。」「真の道士と仮の道士は、どのように分別をするのですか。(中略)試験をする。(略)山に現れたとき、問答をかける。(略)それは決まっているでしょう。道とは何か、を言え。(略)道とは何か、そんな簡単な問いに答えられない者は、仮だとすぐ分かる。」「道士は祭壇の像を指して、私たちの最高の神です。中華民族特色的神、だからあなたたちは知らないだろう、と道士が、しかしいささかも主張のない平坦な声でさらにことばをつむいだ。名前は老子という。」納得。
追記 : 大阪大学が令和3年11月14日に司馬遼太郎記念学術講演会と箕面新キャンパスの開学を記念した国際シンポジュウムをWEBで開催した。独ベルリン在住の作家、多和田葉子が「コトバとコトバの間の閾、狭間、そして跳躍」と題して講演をし、続いて「コトバからセカイへ ― 越境する文学」と題して多和田さんと米国出身の作家、リービ英雄さん、イラン出身の俳優、サヘル・ローズさんの語りがあった。詩の朗読を含め、大変奥の深い言葉に関するプログラムであった。
更に11月25日京都精華大学公開講座にて前記台湾人作家李琴峰氏の「『あいうえお』から『芥川賞受賞』まで ― 言語と文学の冒険の旅路」をオンラインで聴講したがこれまた言葉に対する含蓄のある講演であった。
注 : 在日外国人として芥川賞受賞者には、 李壊成( Ri Kaisei )韓国、 李良枝( I Yanji ) 韓国、 柳美里( Yu Miri ) 韓国 がいる。
引用・参考文献
リービ英雄『天路』講談社 2021年8月(2021年、第74回 野間文芸賞)
リービ英雄『仮の水』講談社 2008年8月(2009年、第20回 伊藤整文学賞)
2021.12.10
SESCO 副理事長 深尾幸市