NGO SESCO 論考 NO.18 「ノーベル賞が映す経済学」雑感
NGO SESCO 論考 NO.18 「ノーベル賞が映す経済学」雑感
日本経済新聞・「やさしい経済学」から
今年(2021)のノーベル物理学賞に日本生まれ28人目として真鍋淑郎プリンストン大学上席研究員(90歳)が受賞し嬉しい結果が発表された。(日本人であるが国籍は米国ゆえカウントは米国で良いと思うけれど。)一方「ノーベル経済学賞」は、米カリフォルニア大のデービッド・カード教授(最低賃金研究)、米マサチューセッツ工科大のヨシュア・アングリスト教授(所得と教育機関の関連性)、米スタンフォード大のグイド・インベンス教授(経済現象を独自の手法で解析)の3氏に授与されると発表された。残念ながら日本人の受賞者は今回もでなかった。過去には森嶋道夫、宇沢弘文、青木昌彦の各氏らが「日本人初の受賞者候補」として話題になったが実現していない。日本人の学者が国内で業績を残しても、米国の学会で認められない限り受賞候補にならないようである。
学生時代に経済学(国際金融論)を学び、晩年「国際協力学」を齧った身として、「ノーベル経済学賞」について触れてみたい。
日本経済新聞の経済教室欄に「やさしい経済学」が60年(1961.1.6 ~)間も続く本欄がある。全てではないが学生時代から読んできた。今回標題の連載を読み終えての雑感。
学習院大学客員研究員 前田裕之氏に拠る。「ノーベル経済学賞」は俗称で「アルフレッド・ノーベル記念 経済科学におけるスエーデン国立銀行賞」が正式な名称と言う。ノーベル賞としては最も遅く1968年に創設された。
遺言になかった「記念賞」 「経済学賞はノーベル賞ではなく、記念の賞だ」という声も財団の中にある。社会科学では経済学だけが受賞対象でノーベル賞は「全人類への多大な貢献」を受賞の条件としているが受賞対象で政治学、法学、経営学が対象にはなっていない。
数式と計量モデルの威力 69年、計量経済学の基礎を作ったラグナル・フリッシュ、マクロの計量モデルを構築したヤン・ティンバーゲンの両氏が第1回の受賞者となった草創期の計量経済学は経済理論と結びつき、経済学が「科学」としての地歩を固めるのに大きく貢献したと言う。
資本主義を支えるという価値観 74年の受賞者、スエーデン出身のグンナー・ミュルダーは「研究者は暗黙裡の想定を隠さず、価値前提を明示せよ」と主張した。政府の財政政策を重視し、アジアやアフリカの開発問題に研究テーマを広げたミュルダー氏は、歴代の受賞者では異色の存在だ。一方、同年に受賞したフリードリッヒ・フォン・ハイエックは自由主義を代表する論客であり、両者ともに同時受賞を嫌がったとか。
「巨人」が並ぶ草創期の受賞者 70年代の受賞者にポール・サムエルソンを先頭に、ジョン・ヒックス、ケネス・アロー、ワシリー・レオンチェフ、ミルトン・フリードマン、ハーバード・サイモンの各氏ら、大物の名前が並ぶ。サムエルソンはその代表で「静学的および動学的経済理論を発展させ、経済学の分析水準を引き上げてきた功績」だ。この経済学の基本概念を開設した「経済学―入門的分析」は長い間、大学教育の定番で、筆者もケインズ経済学講義の中で受講した。ケインズ経済学と新古典派理論を折衷する「新古典派総合」の考えかたに基づいている。新古典派理論の中核をなす「一般均衡理論」を精緻にしたヒックスとアローの両氏、投入―算出分析を発展させたレオンチェフらも経済学の基礎を作った功労者である。
ケインズ主義と市場主義 80年代は、ローレンス・クライン、ジェームズ・トービン、フランコ・モディリアーニの各氏ら、ケインズ経済学を奉じる「ケインジアン」が半数を占めているのが目を引く。経済学には様々な学派があり、研究手法も問題意識も多様であり「資本主義を支える」という価値観を共有する主流派の中でも、様々な学説が浮沈みを繰り返し、経済学賞の選考を難しくしていると言われている。
隣接分野に広がった対象 90年代に入ると「人物」よりも、「分野」で選ぶ傾向が強まった。「新制度派」を形成したロナルド・コース、「ナッシュ均衡」の概念を考案したジョン・ナッシュ。そんな中で金融派生商品の価格を決定する新手法を研究したロバート・マートンとマイロン・ショールズの両氏が受賞した「金融工学」は、ヘッジファンドLTCMが破綻し「天才たちの誤算」と話題になった。アマルティア・センの「所得分配の不平等にかかわる理論や、貧困と飢餓に関する研究」も緒方貞子とともに有名である。
新分野の開拓者を評価 05年、ロバート・オーマンとトーマス・シェリングの両氏が「ゲーム理論の分析を通じて対立と協力の理解を深めた功績」で受賞し、「メカニズムデザイン」「マッチング理論」「契約理論」と続く。13年に「資産価格の実証分析に関する功績」ユージン・ファーマ、ラース・ハンセン、ロバート・シラーの3氏が受賞した。
受賞者に求められる「自制心」 学会の枠を超えて活動したミルトン・フリードマンの受賞理由は「消費分析・金融史・金融理論の分野における業績と、安定化政策の複雑性の実証」だ。08年のポール・クルーグマンは「貿易のパターンと経済活動の立地に関する分析」で受賞した。
新たな課題が問う「存在意義」 15年に受賞したアンガス・ディートンは「消費、貧困、福祉の分析に関する功績」、18年の受賞者の一人、ウイリアム・ノードハウスは気候変動が経済成長に与える影響を数値で示すモデルを作った。19年はアジビット・バナージら3人の「ランダム化比較試験」の事象分析の手法を活用し、貧困問題に取り組んできた。
最後に早く日本人の「ノーベル経済学賞」受賞者が出ることを期待したい。
引用・参考文献
前田裕之「ノーベル賞が映す経済学」やさしい経済学( 2021.9.16 ~ 29 )「日本経済新聞」
2021.11.10
SESCO 副理事長 深尾幸市