NGO SESCO 論考 NO.42号 「ノーベル経済学賞 2023 」
NGO SESCO 論考 NO.42号 「ノーベル経済学賞 2023 」
今年(2023)のノーベル経済学賞にハーバード大学クラウデイア・ゴールデイン(Claudia Goldin)教授が授与されると発表された。経済学賞で女性の受賞は3人目で、単独では初めてだ。2年前セスコ論考No26でも取り上げたが残念ながら日本人からは出ていない。過去には森嶋道夫、宇沢弘文、青木昌彦の各氏らが「日本人初の受賞者候補」として話題になったが実現していない。日本人の学者が国内で業績を残しても、米国の学会で認められない限り受賞候補にならないようである。「社会的共通資本」について秀でた論文『経済学は人びとを幸福にできるか』の宇沢弘文東京大学名誉教授(元シカゴ大学教授)は最初の候補者の一人ではないかと私は考えていたのだが2014年9月に86歳で亡くなった。
さて、本著『なぜ男女の賃金に格差があるのか ― 女性の生き方の経済学』は、女性たちの100年闘争を俯瞰しジェンダー平等が進んできた現在でも残る男女格差。その構造を歴史と詳細なデータから解き明かしている。
目次は次の通り。
1 キャリアと家庭の両立はなぜ難しいか―新しい「名前のない問題」 2 世代を超えてつなぐ「バトン」―100年を5つに分ける 3 分岐点に立つ―第1グループ 4 キャリアと家庭に橋を架ける― 第2グループ 5 「新しい女性の時代」の予感― 第3グループ 6 静かな革命― 第4グループ 7 キャリアと家庭を両立させる― 第5グループ 8 それでも格差はなくならない― 出産による「ペナルティ」 9 職業別の格差の原因― 弁護士と薬剤師 10 仕事の時間と家族の時間 エピローグ 旅の終わり―そしてこれから
世代を越えてつなぐ「バトン」では、紙幅の関係で紹介しきれないが、第1グループから第5グループの分類と特徴分析は特に興味深い。( 第3章から第7章までに詳述されている。)第1グループ 1900-1910 代 1878-97生 家庭かキャリアか 「彼女たちは、人生で得たものという点では、すべてのグループの中で最も統一性がない。半数は子どもを持ったことがない。」 第2グループ 1920-1930代 1898-1923生 仕事のあとに家庭「移行期のグループである。」 第3グループ 1950代 1924-43生 家庭のあとに仕事 「アメリカのベビーブームは1946年に始まり1964年まで続いた。(中略)この道のりのなかで最も重要なことは、ベビーブームが、より高い教育を受けた人にも影響を与え、大卒の結婚率や出産率が、非大卒のグループに近づいたことである。」第4グループ 1970代 1944-57生 キャリアのあとに家庭 「ピルは、騒々しい革命の中で女性たちが渇望していた解放の一つを提供した。このグループのメンバーは、法律、医学、学問、金融、経営など、時間とお金の大きな先行投資必要とする職業に就くことが可能になった。自由と時間が必要だった。」第5グループ 1980-1990代 1958-78生 キャリアも家庭も「このグループの男女についての早い時期のキャリアと家庭の成功について分析することが可能になった。」
5つの異なるグループにきれいに分かれ、結婚年齢や出産年齢、結婚した人や出産した人の割合も、グループ内では似ているがグループ間では大きく異なっている。加えてキャリア、仕事、結婚、家庭の組み合わせもグループによって異なっている。
本著は、図・付表も多用されて理解しやすい。例えば、「大卒女性の5つのグループの100年」「年齢、出生グループ別の大卒女性の未婚率」「同出産未経験率」「同労働力参加率」「公立学校の教師のマリッジバーと維持バー」「大卒女子の初婚年齢の中央値」「女子の就職期待と意識」「大卒女性30~34歳の職業:1940年から2017年まで」「4つの年齢層におけるキャリアと家庭の成功」「女性と男性の年間収入中央値の比率、フルタイム、通年労働者:1960年から2018年まで」「職業部門別大卒者の男女所得比率」などである。
ゴールディンが注目した女性のキャリアと家庭の両立の難しさを訳者あとがきによれば、「経済学の視点から紐解きながら、本書の後半では、女性の働き方の未来についての提言を示している。男女の格差を解消する一助になる就労条件や、コロナ禍によって子育て中の女性のキャリアがいかに妨げられたかについての解説は、数々の課題の解決策を導き出すにあたって大きなヒントになる。希望の光は、リモートワークや勤務形態の柔軟性だ。本書で紹介されているゴールディンの仮説は、米国内外の経済学者の間では、すでに広く知られている。読み物としても面白い。」「単純な解決策も、万能の政策もない。しかし、問題を知ることで、私たちは正しい方向に進むことができる。少なくとも、手っ取り早い解決策で時間を無駄にすることはないだろう。(中略)ターニングポイントを丁寧に検証し、受け継がれているバトンを大切に次世代へとつないでゆくことができれば、正しい方向へと進むことができるのではないか。誰もが、豊かで幸せになるための最善の選択をしたい、と願っているはずなのだから。」
「旅の終わり― そしてこれから」では、「高度な教育を受けた女性がなぜ今なお同等の男性に負けない活躍ができないでいるのかを明らかにしてきた。育児、老人介護、家族介護は、女性が不当に多く担っていることがわかった。仕事は欲張りに、一番やった人が一番得をする。」「仕事のシステムを見直し、私たちの旅でたどってきた道を舗装し直すことも必要だ。」明解。
最後に一つエピソードを挙げると著者がシカゴ大学で院生時代に見かけたマーガレット・リード教授(偉大な経済学者)の「女性の経済的役割の進化、無給労働を国民所得の計算に入れる」「彼女は過去を思い出させ、未来への希望を与えてくれる幻影のような存在だった。」が印象深い。
<引用・参考文献>
クラウディア・ゴールディン 著 鹿田昌美 訳 『なぜ男女の賃金に格差があるのか―女性の生き方の経済学』慶応義塾大学出版会 2023年4月
2023.11.10
NGO SESCO 副理事長 深尾幸市